柴田照子さん第1回インタビュー

2016年6月10日(金)
場所:柴田さん自宅(京都市伏見区)
訪問者:佐藤量
時間:14:00~18:00

 2016年6月10日(金)に大連高等女学校出身の柴田照子さん(93)のインタビューを実施しました。柴田さんは、同じく大連高女出身の笠原雅子さん(93)の友人であり、笠原さんから紹介していただきました。現在93歳の柴田さんは、自宅でヨガや水彩画の先生をされており、たいへんお元気な方でした。今回のインタビューでは、渡満の経緯から終戦までをお聞きしました。
 柴田さんは京都市南部の久世郡久御山のご出身で、小学校3年生のときに親族の事情で単身渡満しました。小学生の時分に家族と離れてひとりで神戸港から大連に向かうときは、たいへん寂しかったといいます。その後、大連朝日小学校、大連弥生高等女学校に進学し、およそ10年間大連で暮らしました。柴田さんはこの10年間を、「修業時代」と振り返っていました。大連の女学生の方々は、楽しかった思い出を語ることが多いなかで、柴田さんの記憶はかならずしもそうではありませんでした。
 弥生高女3年生のときに奉天(現・瀋陽)に転居し、奉天浪速高等女学校に転校します。浪速高女卒業後は満鉄に入社し、総務局でタイピストとして3年間働きました。就職3年目に結婚し、ほどなく錦州で終戦を向かえます。いろいろな事情が重なり、大連・奉天・錦州で暮らした柴田さんの満洲生活はいずれも裕福でしたが、孤独感から「いつも図書館で本ばかり読んでいた」といいます。それでも、弥生高女の友人である笠原さんや、浪速高女の同級生だったトルコ人学生とは戦後も交流を続け、同窓会にも積極的に参加されていました。
 次回のインタビューでは、葫蘆島からの引揚げと引揚げ後の京都での生活、そして同窓会活動についてお聞きする予定です。


作成日:2016年6月11日   文責:佐藤量

ニューズレター『満洲の記憶』ダウロード先:
http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/handle/10086/27095
(Facebook公開ページ)
https://www.facebook.com/groups/359559330877470/
スポンサーサイト
「満洲の記憶」研究会とは?

「満洲の記憶」研究会

Author:「満洲の記憶」研究会
 「満洲の記憶」研究会は2013年7月30日に大学院生を中心に立ち上げた研究会です。
 私たちは主に、満洲に関係する様々な「記憶」を収集し、より広い視点から満洲の歴史をとらえることを目標とし、結成しました。日本国内にいる満洲体験者へのインタビューや体験記・回想録、帰国邦人団体会報の収集などを中心に行い、定期的に勉強会・報告会を開催する予定です。そして、様々なかたちで満洲の「記憶」をより多くの方々と共有し、皆様と共にその歴史について考えていく研究会にしていければと思います。
 このブログでは、研究会の日頃の活動内容や研究会情報などを紹介していきたいと思います。今後より多くの方々にご覧いただければ幸いです。皆様の貴重な情報とご意見をお待ちしています。
 なお、研究会で収集した史料に関する情報はニューズレターにて配信します。史料の複写等の依頼には応えかねます。この点に関するお問い合わせはご遠慮ください。
 今後とも何卒よろしくお願いいたします。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
04 | 2018/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR